安達哲『キラキラ!』

慎平「学校がなんだ。親がなんだ。勉強がなんだ。オレは理想の女のコにあいたい。身も心も奪われるような天使にあいたいんだよ」
闇の声「だが、その女のコにあった時の苦しみに、君は耐えられるだろうか?」
慎平「苦しみ?」
闇の声「天使を天使にしておくためには、ただ遠くで見つめているしかないんだ」
慎平「手に入れようとしちゃいけないの?」
闇の声「手に入れたとたん、天使は人間となる。欠点を持ち、君の理想とくい違う実体を持った、ただの人間となるのだ」


『キラキラ!』はこんな風に、いきなり主人公の高校生と闇の声(って誰だよ)の対話で始まる。しかもこれ、活字だけ。絵はない。1ページまるまるこのダイアログで、その後なにごともなかったかのように漫画が始まる。
安達哲といえば一般的には『さくらの唄』が畢生の大業とされているわけだけど、けだるく緩やかな絶望、思春期特有の恍惚と不安など、同様のモチーフを軽いコメディ・タッチで読ませるこれも捨てがたい。いや、こっちのが好きかも。山田詠美の『僕は勉強ができない』の主人公が勉強ができる子だったら、こんな風だったかも、なんてことも思わせる。
そしてラスト。自分がこれまで読んだあらゆる漫画の中で、この幕引きがもっとも好きかもしれない。熱烈な恋に落ちたふたりは、様々な障壁を乗り越えてようやく結ばれる。主人公の慎平は東大に合格し、トラブルを潜り抜けた最愛の女性と、平穏無事な日常へ着地する。めでたしめでたし。
が、幸福の絶頂で慎平はまた、冒頭とほぼ同様の「神の声」を白昼夢の中で聞く。キヨシローが「スローバラード」で歌った「悪い予感のかけら」とは、まさにこの夢のようなものだろう。その声では、慎平が彼女と4年後には別れることが予言される。
でも、この漫画はその4年後を「あえて」描かなかった。そこがすごくいい。「そして数年後……」みたいに時間が経過して、主人公は違う女の子と結婚していた、みたいな類型的なオチで決着をつけない。
たぶん人はホントにホントに幸せだと、ふとこんな風に漠たる不安がよぎって、怯えたりするんだろうな、とリアルに思わせる。思わせつつ、でも、笑顔で終わる。
それにしても冒頭のダイアログ、真理を突いた言葉ですね。分かる分かる、こういう気持ち。

キラキラ! 1 (KCフェニックス)

キラキラ! 1 (KCフェニックス)