ウィルコのライヴ

いやー、最高でした。ネルス・クラインがこのステージに立っている、というだけで感慨深いというのに。もう、すべてが絶妙。大体、演奏がうまい、楽器がうまいってああいうことを言うんでしょ!? 違うの? ライヴ・レポートの依頼などはありませんが、頼まれなくても何か書くと思います。これで7000円なら安いもんですよ。というわけで、景気づけに『スタジオ・ボイス』に以前書いた原稿アップしときます。他には、『ヒアホン』にネルスについて1万字書いてるのと、ドラマーのグレン・コッツェのユニット、オン・フィルモアのライナーを書いてます。こっちもいいよー。

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 『ヤンキー・ホテル・フォックストロット』でジム・オルークをプロデューサーに抜擢したことが、音響的配慮に富む現路線への布石となったのは確かだろう。だが、04年の『ゴースト・イズ・ボーン』制作中にパット・サンソーン(key)と共に加入したギタリスト、ネルス・クラインの貢献度の高さについては、もう少し仔細な検証がなされるべきではないだろうか。というのも、ウィルコの新作『ウィルコ(ジ・アルバム)』における空間的な深みとふくらみを増した立体的な音像は、明らかにネルスあってのもの、だからだ。
 バンド加入後の初音源となるライヴ盤『キッキング・テレヴィジョン』、続くスタジオ盤『スカイ・ブルー・スカイ』で、ネルスは饒舌で多弁的なソロを聴かせ、結果、一部の古参ファンから顰蹙を買ったという。確かに、「21世紀のザ・バンド」なる評言で絶賛されていたウィルコにあって、即興畑出身の(と、一般的にはされる)彼の存在は、良くも悪くも異物だった。良くも、といま書いたのは、ヴォーカル/ソングライターのジェフ・トゥイーディーにとってのネルス起用は、異物が紛れ込むことで起こる化学反応、つまりある種の異化作用を狙ってのことだったに違いなく、だとすれば両者の思惑は一致していたはずだからだ。それは、ライヴのサポート・ギタリストに内橋和久を起用した日本のくるりと、意識/サウンドの両面でシンクロを見せていたように思う。
 新作におけるジェフの楽曲は下手な捻りがなく、シンプルな骨格のみで成り立っている。希代のメロディストとして知られるジェフはしかし、旋律や和声を複雑化させることなく、音響的なくすみや曇りやざらつき、残響や歪みのヴァリエーションを増やすことによって、聴き手に遠近感や奥行きを意識させる手法をあえて選択したのだろう。特に、オン・フィルモアでの実験が本格的にフィードバックされ始めたのか、グレン・コッツェのクラウト・ロック的でもある硬質なスネア、低音を極端に強調した重厚なタムの音色は強烈な余韻を残す。そして、その背後でネルスが茫洋としたノイズを淡々と敷き詰めることで、音像は一挙に多層的かつ重層的な色彩を帯び始める。と同時に、スティーヴン・スティルスデュアン・オールマンを敬愛し、90年代後半にはオルタナ・カントリー・バンド、ジェラルディン・フィバーズのメンバーだったネルスは、アコギやラップ・スティールを駆使し、ルーツ指向を強めたジェフの楽曲にも馴染み、溶け込んでいる。
 ウィルコでの活躍を機に、そろそろこの56年生LA出身の奇才に注視が集まるべき時期が来たのではないだろうか。事実、07年に米国『ローリング・ストーン』誌が発表した「歴史上最も過小評価されているギタリスト」で、ネルスは第9位にランキングされている(トップ3はプリンス、カート・コベイン、ニール・ヤング)。そう、コステロトム・ウェイツやジョー・ヘンリーとの共演で何かと目立つマーク・リーボウなどと較べると、ネルスは明らかにアンダーレイテッド・ミュージシャンに甘んじている。リッキー・リー・ジョーンズのアルバムでも如実だったように、歌ものとの距離感の取り方においても、ネルスは前述のリーボウにまったくひけをとっていないというのに。
 双子の実弟アレックス・クライン(dr)と共に活動を開始した70年代、ジュリアス・ヘンフィルやティム・バーンと技を磨きあった80年代にまで遡ると、ネルスの関連作品は相当な数に登る。まず1枚という向きには09年頭にクリプトグラモフォンから出た最新ソロ作『COWARD』でのヴァーサタイルなプレイを堪能して頂くのがよいだろう。レギュラー・プロジェクトであるパワー・トリオ、ネルス・クライン・シンガーズも秀作揃いで、グレン・コッツェも参加した最新作『DRAW BREATH』(07年)が現時点での最良の成果となる。また、サーストン・ムーアとのデュオで飛ばしまくる『Pillow Wand』(97年)、サーストン、リー・ラナルド、ギフォニー・ムーアという面々でグレン・ブランカへの返答とも取れる騒音を聴かせる『FOUR GUITARS LIVE』(01年)などは、この後ネルスがソニック・ユースに正式加入していても不思議ではなかった、と実感させる仕上がり。他、近作では、巨匠アンドリュー・ヒルへの哀悼の意を示した『NEW MONASTERY』(06年)、ウォリー・シュープ(as)、クリス・コルサーノ(dr)とのパワフルなインタープレイが暴発する『IMMOLATION』(05年)も捨てがたい。更に、ミニットメンのマイク・ワット、清水ひろたかあらきゆうこジム・オルークとのセッションで、08年にライヴを行ったブラザーズ・シスターズ・アンド・ドーターも、そろそろフル・アルバムのリリースが待たれるところだ。
 『キッキング・テレヴィジョン』のスリーヴや、オフィシャル・サイトでは、ネルスの使用機材の写真が閲覧できる。時に15種類以上のエフェクターを繋ぎ合わせ、音響装置としてのギターの可能性を拡張し続けるネルスが、音の鳴りや響きに鋭敏になりつつある今のウィルコに必要不可欠な存在であることは、この写真が何より雄弁に物語っている。